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眼鏡を掛けた貴方が好きだ。 強過ぎる視線が柔らかくなる。 青空の光る、暑い日だった。 ビルたちは廃人のように聳え、逃げ場を圧迫した。 こんな街では呼吸も困難に成るよ、とそのひとは云った。 ねえ、わたしを今でも覚えてる? アルバムを開くように、わたしは記憶の紐を解いた。
青い場所に、貴方は居た。 初めて見る種類の人間で、わたしは戸惑っていた。 其の透き通った眼差しに、強烈な存在。確固とした何かを持っている証拠のように思えた。柔らかく笑う笑顔が好きで。あの、全てを丸くさせるような、全てを赦して貰えるような、そんな笑顔が好きで。 いつまでも見ていたかった。 甘い言葉を、甘い冗談を、平気で言えるくせに、本当は恥ずかしがり屋で照れるひと。脆くて恐がりで、其れを不思議に隠すように、貴方の眼は、いつも強く見つめた。其の姿は余りにも魅力的で、何故か惹かれてしまう。其の、全てを知りたくなる。 貴方の全てを、包みたくなる。
いつもチラシの溜まり場だったメールボックスに、わたし宛の封筒が珍しく入っていた。少し躊躇って、でも嬉しくて、裏を見れば差出人は貴方だった。 無意識に、直ぐさま破って開けた。其の手は震えた。全身に鳥肌が立ち、過去の記憶が雪崩のように押し寄せては流れた。 もう三年に成る。 貴方が、此処を旅立ってから。 立ち去ってから。 便箋は すてきなセピア色をしていた。貴方の色だ。 其の個性的な古めかしい強い文字も、懐かしく、自然に溢れそうになる涙を必死で止めた。 そして、崩れ去るように蹲った。 マンションの廊下で。メールボックスの前で。幸いに ひとは居なく、わたしは思い切り泣くことが出来た。 貴方が、未だ存在していること、不安定に動くリズムから開放されたこと、旅先での興味深い出来事などが綴られていた。其れを、知ることが出来た。 会いたかったの。ずっとずっと、押し殺して我慢していたの。 いつの間にか こんなにも心を占めて、狂気さえ暴れだす程に貴方を思い出しては震えていた。永遠に、其の姿を、眼差しを、見ることなど出来無いとおもっていた。 此の目の前に在る、滅ぼされた封筒を、便箋に書いてあった電話番号を、未だ其の存在を信じられず、わたしは脳を溶かしながらバッグの中から携帯を取り出した。 貴方の声を、こんなにも求めていた。 貴方の視線を、思考を、創り出す全てを。 痙攣のように番号を押す手は震えた。強張った喉が、わたしを焦らせた。呼び出しのベルが数回鳴った後、其の声は在った。確かに、ほんとうに、確信した。わたしは暫く黙り込んでしまう程に心拍を破裂させた。 「…もしもし」 そう返した言葉は震えて、頭の中が真っ白に成って、どうしていいかわからなくて、自分の名前を伝える前に、貴方の名前を呼んだ。貴方はわたしの名前を呼んだ。 繋がった。繋がれた。貴方との交信を、再び通ずることが出来た。 いつ会える? そう、言った筈だ。 来月には そっちへ行ける。 そう、言われた筈だ。 ほんとうに、そうだった筈だ。 ほんとうに、ほんとうに。
でも今の貴方は目を閉じて冷え切っていた。 きっと大量だったであろう血を拭かれた身体は、余りにも美しく思えた。 ねえ、わたしを覚えてる? 会える日を待っていたわたしを。 泣きじゃくって嬉しくて、何を言っているか解らなくなったわたしを。 ねえ、思い出してよ。 今直ぐ、声に出してわたしを呼んで。 貴方の気持ちなんかどうでもいいから兎に角 抱き締めて。強く強く、あの手で。熱い身体で。 花を添える余裕など、生まれる筈も無いのに、貴方は黙った儘で。動かない儘で。 窓の外から見える青い空は、余りにも残酷に雲を急かしていた。
【2005/07/03 07:44 】
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