昨日見た夢のこと
頭が痛い。
君は呑み過ぎた酒の所為にした。
朝日が眩しい。短時間ずつしか眠れていない。其の横で、すやすやと ついさっき眠りに入った君が憎らしく思えた。俺を置いて、勝手に寝やがって、と幼い思いに支配されていた。そんな自分が、只 虚しかった。
取り敢えず横になり、其の生温い肩を撫でた。長い栗色の髪。細くて柔らかい其れにキスをした。どうにかして孤独を紛らわせたかっただけだ。そんな自分が、只 憎かった。
続きを読む
【2005/07/17 09:39 】 | 掌編 | コメント(0) | トラックバック(0) | page top↑
白百合の肌
俺はバスを待っていた。
古い鳥小屋のような小さな待合所で。
熱心に本を読んでいた。確か小説だった。親友に薦められたものだ。彼は哲学とかが好きな人間で、非情に読解力を要する本を薦めるのだ。いつも俺は其の度に挫けてしまう。今も必死で微妙な言い回しに脳を悩ませていた処だ。

ふと、花の香りがした。
なんだろう。百合か?
そう思いながら顔を上げると、
直ぐ右隣に女が座って居た。
白い肌に凛とした瞳、青みがかった綺麗な黒く長い髪。そして真っ白いワンピースを着ていた。とても似合っていた。はっとする程の美人だった。此の世にこんな人間が存在しているのか、はたまた其の存在が同じ人間であることが信じられずに居た。
其の透明度を増した素肌に、ピンク色の頬、少々ぷっくりとした上品な唇。何もかも美しかった。モデルでもやっているのだろうか。
気付けば俺は、無意識の内に話しかけていた。

「お嬢さん、どちら迄お出でですか?」
すると彼女は此方を見て、
少しだけ微笑んで云った。
「ひとに会いに行くのです。とても遠い処です」
静かな声だった。其れさえ美しかった。
「何方に会いに行かれるのですか?」
無礼だと承知で訊いた。
口だけが勝手に動いていた。
「わたくしですわ」
笑わずに云った。声だけは、変わらなかった。
「会えるといいですね」
「ええ。でも会えないかもしれませんの。
 わたしには手が届かない場所ですもの」
「無責任なことを云って申し訳ないのですが
 其れでも信じていればお会いできるでしょう
 僕も又貴女にお会いできると信じています」
「ありがとうございます
 わたくしも信じますわ」

バスがきた。
驚いて瞬きをした。
隣を見れば彼女は居なかった。
辺りを見廻したが何処にも居なかった。

夢か?
そう思ったが直ぐに其れを消した。
百合の香りが、残っていたから。
【2005/07/11 18:55 】 | 掌編 | コメント(0) | トラックバック(0) | page top↑
蒼い静寂
眼鏡を掛けた貴方が好きだ。
強過ぎる視線が柔らかくなる。
青空の光る、暑い日だった。
ビルたちは廃人のように聳え、逃げ場を圧迫した。
こんな街では呼吸も困難に成るよ、とそのひとは云った。
ねえ、わたしを今でも覚えてる?
アルバムを開くように、わたしは記憶の紐を解いた。

青い場所に、貴方は居た。
初めて見る種類の人間で、わたしは戸惑っていた。
其の透き通った眼差しに、強烈な存在。確固とした何かを持っている証拠のように思えた。柔らかく笑う笑顔が好きで。あの、全てを丸くさせるような、全てを赦して貰えるような、そんな笑顔が好きで。
いつまでも見ていたかった。
甘い言葉を、甘い冗談を、平気で言えるくせに、本当は恥ずかしがり屋で照れるひと。脆くて恐がりで、其れを不思議に隠すように、貴方の眼は、いつも強く見つめた。其の姿は余りにも魅力的で、何故か惹かれてしまう。其の、全てを知りたくなる。
貴方の全てを、包みたくなる。


いつもチラシの溜まり場だったメールボックスに、わたし宛の封筒が珍しく入っていた。少し躊躇って、でも嬉しくて、裏を見れば差出人は貴方だった。
無意識に、直ぐさま破って開けた。其の手は震えた。全身に鳥肌が立ち、過去の記憶が雪崩のように押し寄せては流れた。
もう三年に成る。
貴方が、此処を旅立ってから。
立ち去ってから。
便箋は すてきなセピア色をしていた。貴方の色だ。
其の個性的な古めかしい強い文字も、懐かしく、自然に溢れそうになる涙を必死で止めた。
そして、崩れ去るように蹲った。
マンションの廊下で。メールボックスの前で。幸いに ひとは居なく、わたしは思い切り泣くことが出来た。
貴方が、未だ存在していること、不安定に動くリズムから開放されたこと、旅先での興味深い出来事などが綴られていた。其れを、知ることが出来た。
会いたかったの。ずっとずっと、押し殺して我慢していたの。
いつの間にか こんなにも心を占めて、狂気さえ暴れだす程に貴方を思い出しては震えていた。永遠に、其の姿を、眼差しを、見ることなど出来無いとおもっていた。
此の目の前に在る、滅ぼされた封筒を、便箋に書いてあった電話番号を、未だ其の存在を信じられず、わたしは脳を溶かしながらバッグの中から携帯を取り出した。
貴方の声を、こんなにも求めていた。
貴方の視線を、思考を、創り出す全てを。
痙攣のように番号を押す手は震えた。強張った喉が、わたしを焦らせた。呼び出しのベルが数回鳴った後、其の声は在った。確かに、ほんとうに、確信した。わたしは暫く黙り込んでしまう程に心拍を破裂させた。
「…もしもし」
そう返した言葉は震えて、頭の中が真っ白に成って、どうしていいかわからなくて、自分の名前を伝える前に、貴方の名前を呼んだ。貴方はわたしの名前を呼んだ。
繋がった。繋がれた。貴方との交信を、再び通ずることが出来た。
いつ会える?
そう、言った筈だ。
来月には そっちへ行ける。
そう、言われた筈だ。
ほんとうに、そうだった筈だ。
ほんとうに、ほんとうに。

でも今の貴方は目を閉じて冷え切っていた。
きっと大量だったであろう血を拭かれた身体は、余りにも美しく思えた。
ねえ、わたしを覚えてる?
会える日を待っていたわたしを。
泣きじゃくって嬉しくて、何を言っているか解らなくなったわたしを。
ねえ、思い出してよ。
今直ぐ、声に出してわたしを呼んで。
貴方の気持ちなんかどうでもいいから兎に角 抱き締めて。強く強く、あの手で。熱い身体で。
花を添える余裕など、生まれる筈も無いのに、貴方は黙った儘で。動かない儘で。
窓の外から見える青い空は、余りにも残酷に雲を急かしていた。
【2005/07/03 07:44 】 | 掌編 | コメント(0) | トラックバック(0) | page top↑
煩わしい擾乱
気がつけば夜で、気がつけば部屋の中は真っ暗だった。
「君は病気じゃないんだろ?」と、わたしの甘えを否定した貴方の声が響き続けていた。
どうしてか、わたしはまたベッドに横に成り、眠るでもなく何処かを見ていた。何かを探しているのか、脳内は動き続けている。言葉を生んでいく。わたしを貶す言葉を。其の中傷に割れながら、わたしは涙を流していたのだ。

「もう沢山だ、君にばかり構って居られないんだよ」と、わたしの要求に疲れ果てた貴方の言葉が鳴り響いていた。
電話のベルに、わたしを呼ぶ機械音に、怯えながら震えていた。なんでもいい。此処から、開放して欲しいのだと、心は叫んでいた。
闇は広がり続け、出口を探させる労力さえ奪っていく。わたしの疲れを、わたしの暴走を、止める術は見つかっていない。

疲れ果てた貴方は、わたしに触れて、眠り込んだ。愛していると、伝えながら。
貴方の髪を、撫でては孤独を噛み締めていた。
貴方の愛など嘘だと思えた。
わたしは独りなのだと、此の心は叫んでいた。否定など出来なかった。
貴方は熱い体温をわたしの膝に染み渡らせながら、違う夢を見ていた。
木々が揺れ、音を鳴らし、わたしは孤独を噛み締めていた。
【2005/07/02 22:40 】 | 掌編 | コメント(0) | トラックバック(0) | page top↑
永訣
其の顔を見ていた。
貴方が、気付くのを待った。
わたしが此処にいることを、きっと電話ボックスの灯りで知り、項垂れた物置と化した脳へと運び込むのだろう。
貴方はそう云って いつもわたしを転がした。
其の眼で、其の皮膚で。
言葉は時々わたしの全てに突き刺さり、苦悩と絶望を味わった。
其れでも貴方へと帰るの。
其の全てを呑み込もうと試みるの。
何度も、何度も。

ひらひらと震える手を握り、わたしは歩いた。
月は満ちて凍ったように目を潰した。
雲は速く流れ、音の響きを奪った。
通り過ぎる車の振動に、貴方は少し黙り込んで、其れからわたしを見て強く腕を引いた。
何処に行く訳でも無く、何処に行きたい訳でも無い。
只わたしたちは彷徨い歩いた。
公園へ着く迄。
其のベンチに座れる迄。

冷えた肩を、貴方は包んだ。熱い手で、優しく擦った。
そうして貴方の匂いに埋もれて、わたしは夢を見る。
星は儚気に輝く。余りにも頼り無く。
攻撃をせがむかのような街の光は、只の屍に見えた。

これからのことを今は無視して、ふたりは夜に溶けていた。
永遠など無いことなど知っていながら。
【2005/07/02 20:45 】 | 掌編 | コメント(0) | トラックバック(0) | page top↑
| home |